エジプトに何がおきているのか

ニンゲンは20年ほど前、3年半ほどエジプトにいた。
20代半ばでまだ遊びたいさかりで若かったし、イスラム圏(地理的にはアフリカだ)に行くことに、正直不安で仕方なかった。
空港についたらマジ砂漠。
カイロ中心地へ行く車の横を馬やロバが走っていた。
アエーシと呼ばれる丸いパンを山ほど積んで、頭に載せて運んでいるおじさんやおばさんがいた。
なぜか、「この光景を見たことがある」と懐かしい気持ちになった。
当時のカイロはとても平和で、女性の私が夜中にタクシーに乗っても、夜道を歩いても、何も問題がなかった。ちょうど連続テレビ小説「おしん」を放映していたこともあり、皆大変な親日家だった。
確かに貧富の差はあり、あちらこちらにムバラク大統領の絵は飾ってあったが、当時の私にいわゆる「悪役の独裁者」という印象はなかった。
あの当時のエジプトは民主国家ではなかったが、隣国にイスラエルとリビアを抱え、何度もの中東戦争を経てきており、国民に原始キリスト教のコプト教徒とイスラム教徒を抱えるエジプトが1つの国を纏め上げる手段としては仕方なかったのではないか、とも思える。

過去にフランスやイギリスの支配下にあり、その後も観光が重要な収入源でであるエジプトには毎年大量の外国人が訪れており、外国のカルチャーが入りやすい土壌ができていた。
エジプトにインターネットが普及する前の1990年代の中盤、エジプトの数少ないロックバンドがコンサートを開くようになっていた。当時のヨーロッパ、アメリカの若者は長髪が多く、エジプトでも数は少ないが長髪にする若者が出てきており、ロック、メタルのような音楽も入ってきていた。そして1997年1月、数少ないエジプトのロックバンドのコンサートに来ていた若者が一斉に逮捕される。その多くは中流以上の階級の子女だったが、逮捕の理由は「悪魔崇拝」だった。
私もそのライブ会場にいたのだが、当然悪魔崇拝なんてしてなかった。
彼らが持っていたロックバンドのポスターやCDが悪魔崇拝の証拠として新聞に掲載された。すべてのロックミュージックが、クイーンやマイケルジャクソンでさえ、「悪魔的」と言われる始末だった。

そのコンサートで演奏をしていたバンドも、他のバンドも解散を余儀なくされ、メンバーは長かった髪を切った。私は外国のカルチャーは悪だという風潮が蔓延していく空気を感じていた。それからエジプトのロックシーンは冬の時代を迎える。

そしてその年の11月、ハトシェプスト葬祭殿で日本人も犠牲となったイスラム原理主義組織によるテロが発生し、観光客はゼロになった。観光業は打撃を受けた。私はその翌年エジプトを離れ、それ以来一度も訪れていない。

今日、TBSのニュースで、エジプトの女性がボーカルのメタルバンド、Massive Scar Era を紹介していた。
テレビカメラの前で、若い女性のボーカルがタイトなジーンズをはき、「私は好きな服が着たい、自由に道をあるきたいのよ!」と話していた。モルシ時代には警察の尋問を受けたらしいが、このようにエジプトで女性が声を上げるのを日本のテレビで見るのは感慨深い。

また、2011年末にはカイロの中心地であり、アラブの春のデモの中心ともなったタハリール広場で、Cairokeeというロックバンドが演奏したらしい。(記事はこちら
これも、1997年の事件を思い起こせば、なんとも言えない気持ちになる。

今起こっているモルシ派と若者を中心とした反体制派の衝突は、過去の流れを考えれば当然のものともいえるのだが、間に軍が入り、昨日はとうとう数多くの死者を出してしまった。
指導者のいないあの国で、この状況を収束させるのは途方もなく難しいことだ。
シリアのような内戦状態になることだけは避けてほしい。
こんなことになるために立ち上がったわけじゃないはずだ。絶対に。


スポンサーサイト
19:19 | 猫以外のこと | comment (-) | trackbacks (0) | page top↑

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://narineko.blog80.fc2.com/tb.php/202-7cdb9f04